VOL.10 コーチの考え
フットボールは準備のスポーツ
 アメリカンフットボールの古い格言に、「準備する意志を持たずに、勝利を目指そうとするのは全く意味を成さない」とある。まさにその通りである。
 この競技は、"The Game of Preparation"=「準備のスポーツ」。と言われるように、いかに用意周到に試合に向けて準備がされているかによって、勝敗が決定するといっても過言ではない。
 勝ちたいと心情的に誰でも思うことは出来る。しかし、それを現実の物にするか否かは、プレイヤー達の努力・実行と同様に、プレーをしないコーチに課せられた最大かつ唯一の役割と言える。

 フットボールはよくビジネスと共通する部分が多いと言われる。ゴールを設定し、アクションプランを立て、そのゴールに向けて最大限に努力し、ゴールを達成するからだ。
 しかし、フットボールとビジネスとの違いは、結果が試合場のスコアボードに明確に記されるという点。どんなに頑張っても試合に負ければ無意味な努力に終わる。ビジネスでは毎日のハードワークの成果は、即座に明確な形となって表せないケースが多いが、フットボールは勝敗という目にハッキリと見える形でその恩恵を受ける。

 その責務を全面的に担うのがコーチなのである。


【勝つための環境創り】

 勝利というのは偶然舞い込んでくるものではない。
 時の運やラッキープレーで勝てる事はごく稀である。フットボールであろうと、ビジネスであろうと、コンスタントに成果を上げるには「勝つための環境創り」が必要となってくる。勝つための環境というのは、3つの要素から成り立つと考えられる。

 第一に、何を目標とするか指針を明確にする。これは、チームがあるべき姿を示すことである。それが見えていないと、目標達成は不可能である。
 第二に、組織内で意思統一のコミュニケーションをしっかりと取る事である。コーチ間はもちろんの事、プレイヤーに予め準備した明確な意図を的確に伝え、理解させることである。
 第三には、これら全ての指針を実現に向けて「実行」して行くことである。


【Game Week Preparation 〜試合に向けて〜】

 では、環境創りが整ったら、実際に試合に向けて、コーチは具体的にどのような作業をしていくのだろう。オフェンスコーチの立場から、翌週に迫った試合に向けての準備プロセスを追ってみよう。

 コーチは対戦相手のスカウティングによって、相手チームのプレーの傾向を、シチュエーション、隊形などから解析し、ゲームプランを決定する。
 次にそのゲームプランをプレイヤー達に伝える。コーチは黒板に書いたプランを見せて「これがゲームプランだ」と言うだけでは全く意味がない。プレイヤー達になぜこういうゲームプランなのか、そして、なぜこのプランが効果的なのかを、理解させる必要があるからだ。それをアタマに理解させるのがミーティングの場であり、それをカラダに徹底的に教え込むのがフィールドでの練習となる。
 フィールドでは、オフェンス全体のプランに対して、各ポジション別にそれぞれの役割にブレークダウンした練習をするのである。

 ここで問題となる事がある。プレイヤーは聞くだけで理解出来る人間もいれば、実際に図解で示し、ビデオを観ないと理解出来ない人間もいる。
 さらに実際にフィールドでプレイしてみないと理解出来ない人間もいる。千差万別のプレイヤー達にゲームプランを理解させ、実行させられるかは、コーチの技量にかかってくるのである。  相手の理解程度をきちんと把握することが重要なのは言うまでもない。


【Scripting】

 コーチの事前準備の最も重要な事のひとつに、その試合で使用するプレーチャート作成という大きな作業がある。試合中の緊迫した状況下で、ひとときの感情に流されずに冷静にゲームプランを遂行する為に、「Scripting」と呼ばれるプレイチャートを作成する。

 この「Scripting」は、80年代に3度のスーパーボウルを制覇したサンフランシスコ・49ers の元ヘッドコーチ、名将ビル・ウォルシュが発案したことで世に知れ渡り、近代フットボールではごく当たり前のこととしてどんなチームでも用いる一般的な方法となっている。
ウォルシュは、自伝「Building A Champion」の中で、この「Scripting」の有効性について、繰り返し語っている。

なぜ「Scripting」が効果的かというと、下記のようなことが挙げられる。

 @試合中の激しいプレッシャー下でその場のひとときの予測や感情に頼らなくて済む
 A試合中のアジャスト(相手の対応に対する、さらなる当方からの対応・変更)に役立つ
 Bいかなる場面でもコーチやプレイヤーが何をすべきかが事前に明確になっている
 Cプレーコーラーのプレッシャーを取り除くことが出来る

 では、具体的に「Scripting」とは、どのようなチャートなのだろうか。
 これを見て頂きたい(Scripting1Scripting2

 まず注目して頂きたい点がある。オープニングドライブと呼ばれるプレーリストである。
 実際に起きるフィールドポジションやダウン&ディスタンスが分からないのに、こんな事は意味がないのではないかと発案者のビル・ウォルシュも批判を受けたという。
 しかし、これはプレイヤーが試合で最も緊張するオープニングドライブ(第一・ニシリーズ)において、どのようなプレーの組み立てでスタートしていくか事前に理解しておくことで、自信を持って試合に臨めるという事。そして、用意したプレイに対して、相手の反応を即座に確認する事を可能とする大きなメリットがある。
 さらに、そのシリーズで得点することが出来れば、計り知れないアドバンテージになるのである。

 カテゴリー別に見ていくと、チームがプレーブックに用意しているプレーから、ベーシックなランプレー、パスプレーを基に、下記のような重要な局面で使用するプレーをリストアップしておく。

 ・ 3rd Down Plays (Short, Middle, Long & Super Long)
 ・ Pre-Red Zone(50〜敵陣20 Yards前)
 ・ Red Zone (敵陣20 Yards内)
 ・ Goal Line (敵陣1〜5 Yards内)
 ・ 2 Point Conversion
 ・ Dangerous Zone (自陣1〜10 Yards内)

 その他にも、スカウティングに基づいた相手チームの特殊なブリッツ対策用のプレー、キャッチアップのための、あるいは逆転するための「2ミニッツオフェンス」。
 勝っている時に残り時間を消費する「4ミニッツオフェンス」、「オーディブルパッケージ」、「スペシャルプレー」等、用意するカテゴリーはチーム毎に様々であるが、試合で想定されるありとあらゆる状況に対応出来得る準備をしておく事が肝要である。

 日本の学生リーグ、Xリーグ共に一年の総決算である秋季リーグ戦へ向けて、夏は準備の季節である。
 春の反省を踏まえ、システムや練習方法の見直し等、仕事は山積み。また、本番の秋のリーグ戦が始まれば、寝る時間も惜しんで夜な夜なミーティングをする苦労を思うと、コーチングスタッフには改めて敬意を表するとともに大いなるエールを送りたい。

 コーチに対するリスペクト、そのリスペクトに応えるだけのコーチのハードワーク、そして結果を共に享受することで、コーチとプレイヤー、そしてチームはうまく回っていくのだ。
 ただ、コーチはあくまでも裏方であって、そういった苦労は表には出さない事がコーチの美学だと筆者は考えている。主役はフィールドで駆け回るプレイヤー達なのだから。



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