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QB桂 (C)Makoto SATO  「まさか2年連続でハレの舞台に連れていってもらえるなんて・・・」と語るのは、チャレンジャーズ専属チア、聖和大学ANGELSの応援企画担当・北川さんだ。
 このANGELSは94年の創部当時から、チャレンジャーズの前身となるワイルドジョーの応援を担当。以来、挑戦者達の勝利の女神として、その飛躍の歴史を見守ってきた。

 まさにこの94年前後からの助走期間に始まり、チャレンジャーズはなにかと低迷の昨今にあって、右肩上がりの上昇を繰り広げる存在として我々に“元気の素”を与えてくれる。
 今季も「多くの引退者を出しての出直し」(藤田ヘッド)ながら、シーズン途中からの目覚ましい上昇曲線で、ついに頂点へと登り詰めた。

 チャレンジャーズほどフットボールが選手の個人能力以上に、個々の気構えとチームの “Discipline(規律・統制)” が重要であることを教えてくれるチームはないであろう。
 97年リーグ最下位の翌98年、チーム名をチャレンジャーズと改名して心機一転。京都大より招聘した藤田ヘッドコーチの指導の元、初のリーグ全勝優勝を果たしたミラクルチャレンジャーズの歩みは、Xリーグの歴史に刻み込まれた奇蹟でもある。

 この京都大が生んだフットボール頭脳・藤田ヘッドの名采配ももちろんそうだが、同98年からスペシャルアドバイザーに就任した鈴木智之氏の存在が、チャレンジャーズの飛躍に大きく貢献をしたことを忘れてはならないだろう。
RB中村(多) (C)Makoto SATO  鈴木氏が常々から口にする『我々は一流のチームであれ』は、日本のフットボールの父・ポールラッシュ博士の言葉 “Do your best,But it must be FIRSTCLASS” に相通じる。
 鈴木自身も現役時代は、関学大のエースQBとして、甲子園ボウル史上に残る終了間際の劇的TDパスで大会初の同点引き分け(1955年/関学26−26日大)演出した“KG魂の系譜”である。

 NFLカンザスシティチーフスゆかりのトムプラットコーチの招聘、昨年の国内社会人単独チームとしては初の米国ポートランド遠征試合も鈴木氏の尽力によるものだ。

 そのプラットコーチは、このチームに“フットボールの魂”を吹き込んだ。
 あの松下電工との死闘、激しくタイトなディフェンシブゲームとなった東京スーパーボウルのベンチで『がまん、がまんすれば必ず勝てる』と説き続けた姿は、いまやチャレンジャーズフットボールの代名詞ともなったプラットコーチの口癖 “One play at a time” を体現したものに他ならない。

 「目の前の敵に全力で向かっていった。その結果としてXリーグ2連覇があった」と話す藤田ヘッド。この “Only play” に全力を賭ける心意気こそ、チャレンジャーズの強さの根底である。
 21世紀最初のシーズンのファイナルマッチ。“歴史の壁”に挑む関学大に用意された最後の試練に最も相応しいチーム。それがアサヒ飲料チャレンジャーズだ。


FINISH RESULT 2001
   9月 9日 30− 3 VS アズワンブラックイーグルス
   9月23日 24− 0 VS ファイニーズフットボールクラブ
  10月 6日  0−10 VS クラブベアーズ
  10月20日 36− 0 VS イワタニサイドワインダーズ
  11月 4日 14− 7 VS 松下電工インパルス
FINAL6 11月18日 24− 6 VS アサヒビールシルバースター
FINAL6 12月 1日 21−13 VS 鹿島ディアーズ
東京スーパーボウル 12月18日 14− 7 VS 松下電工インパルス